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日本人の美意識はどこへ...2018.12.20

2006年にHP上に掲載したコラムとなります。

トルコへ旅行に行った時の話です。首都イスタンブールからトルコ中部のアナトリア高原のカイセリ空港に降り立った瞬間、イスラムの世界を実感しました。朝5時にコーランの大音響でたたき起こされ、マーケットでは黒ずくめの婦人が群がり、かなり緊張した記憶があります。もちろんお金がないので裕福ツアーではなく、個人旅行でした。ドルムッシュという庶民の乗り合いバスを利用することが多く、乗客からは珍しがられ、「どこから来たんだ?おージャポン、ジャポン」とそのバス内では有名人になりました。そんな珍道中の旅で辿り着いたのがこの町「ムスタファパシャ」です。

この街は元々キリシャ系住民が住んでおり、1924年に行われた住民交換でギリシャへ移動させられた民族が住んでいた街です。小さな街ですが日干しレンガの建物で統一され、ぼろぼろの建物ですが、遠目で見ると美しい街に見えます。ここは世界遺産のカッパドキアに近く、キリスト教徒が隠れ住んでいたところだと聞きました。トルコという国はまだ貧しい国で、このような崩れかけた建物を修理あるいは建替えるお金がありません。(これは想像です)恐らく日本の場合、最新デザインの建物に建替えられるか、外壁面を雨風からしのげるよう鉄板で被い、景観などは二の次の場合が多いのではないでしょうか。ほんの少し前には世界中から絶賛された日本の美意識、集落、甍が失いつつある現代、物と情報に溢れ返ったこの日本に再度美しい街として絶賛される時代がおとづれるのか、新し物好きな日本人(私もそうです)が古い文化を見直すことが出来るのか。建築家の責任は大きいように感じます

燕子花(かきつばた)2018.04.18

5月の連休の計画は未だたっておりませんが、以前コラムに執筆したこんな休日もいいのかな
そんなことを考えながら…
今は無き昔のHPシリーズ  コラムをご覧ください

【今は無きコラム其の三】

尾形光琳の燕子花(かきつばた)の図で有名な場所へ行ってきました
ここは本当に東京の青山なのか、と思うほど静かで広大で、そして起伏に富んだ庭園があります。庭園内には根津美術館があり、そこに有名な国宝「燕子花図屏風」が展示され、丁度今が庭園の燕子花と合わせて鑑賞できる絶好の季節
尾形光琳の描いた燕子花と庭園に咲く燕子花。私には菖蒲(あやめ)との区別も付きませんが、コトワザの通り甲乙つけ難い美しさがあり、手入れの行き届いた庭には本物の燕子花が綺麗な花をつけておりました。光琳の描いた燕子花図は金を多用した立派な屏風絵ですが、ここには当時の最先端であろう一つの花をトレースして転写する技術が採用されているようです。今の用語で言うとコピー・ペーストといったところでしょうか。構図が美しいから出来る技ですね

この日は良く晴れた穏やかな一日で、周辺の施設では結婚式なども多いのか、花嫁姿を何人か見かけました。そして、この庭園内にいくつも点在している茶屋でお茶会なのでしょうか、着物を着た夫人が列をなして颯爽と無言で歩く姿に思わずカメラを向けてしまいました。今年の連休は仕事の予定もあり、思い切って休めませんが、こんな日本の文化に触れる休みもたまには良いものだと感じた一日でした。 (現在進行中の参考にと、あらゆる建物に目を光らせた一日でもありましたが…)

 

あーどこかに行きたい!(2013年5月執筆)

私の原風景2018.04.03

4月に入り急に気温も上昇し、ここ長野でも桜が咲き始めました。
今は無き昔のHPに執筆したコラムを、今後少しずつご紹介するなかで
【桜】の写真が目に留まりましたのでご紹介致します。
写真の画質も荒いのですがご了承ください

【今は無きコラム其の二】

5月の連休はどこも混んでいるので、空いてる道をあてもなく進むと偶然にも「高野辰之記念館」にたどり着いた。
高野辰之という人物の詳細は詳しく無かったため、あまり期待せずに記念館へ。
内部の展示方法は建築的にはあまり魅力は無かったのですが、
この人物は【ふるさと】【もみじ】【春が来た】【おぼろ月夜】【春の小川】 など
小学校の時に習う唱歌の作詞者だったことがわかりました。
30年以上前に覚えた歌が今も歌えるほど有名な唱歌ばかりです。
この唱歌は曲より詩が印象的で良く覚えています。
当時は何もわからず、ただ口ずさんでいた唱歌ですが、
今はこの詩の情景を思うと心が穏やかになります。

子供の頃は損得考えず、ひたすら無邪気に遊んでいた頃の情景が思い出されます。
この記念館は長野県中野市という町にありますが、生家も近くにありますので、
近くにお越しの際は是非お立ち寄りください。
この記念館の近くには【ふるさと】に出てくる「小フナ釣りしかの川」があり、
【おぼろ月夜】の「菜の花畠」「見渡す山の端」もこの町(村)には残っています。
近年日本のあちこちで「残したい風景・まち」などの記事を目にしますが、
ただただ均一的でグローバルスタンダードな建築だけではなく、
これから日本の原風景になりうる情景を設計していきたいと改めて思いました。
帰りの車の中で相棒は唱歌を思い切り大きな声で歌って….

こころ おだやか (2006年 執筆)

手作りということ2018.03.27

今は無き昔のHPに執筆したコラムを、今後少しずつご紹介したいと思います
写真の画質も荒いのですがご了承ください

【今は無きコラム其の一】

この写真は私の家族が創ったリースです。
材料は布です。白い布を染料で染め上げ、その布をコテで葉の形に形成していきます。
細かな仕事で時間も掛かります。
しかし一つしかないこの作品は、多少出来が悪くとも愛着が湧くものです。
住宅も同じではないでしょうか。
熟慮した住宅は機能的にもデザイン的にも美しさが感じられます。
一方、ハウスメーカーなどで建てた工業化住宅(プレハブ住宅)はなぜかそれが感じられません。
機能的に考え抜かれた住宅なので性能は良いのでしょうが、
プレハブ住宅だけの街など想像したくありません。
同じ材料、同じ間取り、そして屋根の形状が少し違うだけ。
九州でも北海道でも。どこか寂しく愛着が湧きません。
こんな街が私の住む地区にも生まれようとしているのが実情です。

みなさん時間を惜しまずもっと手作りしましょう。(2006年執筆)